マレーシア科学大学:ペナン[訪問時期 20109月]

白楽ロックビル

お茶の水女子大学大学院・人間文化創成科学研究科・生命科学

 

【前篇:旅行あれこれ】 

2010925日(土)〜102日(土)、マレーシア(Malaysia)のペナン(Penang)に滞在し、マレーシア科学大学 (マレー語でUniversiti Sains MalaysiaUSMと略す。英語ではScience University of Malaysia またはUniversity of Science-Malaysia)を訪問した。マレーシア科学大学のウェブサイトはhttp://www.usm.my/bi/である。

前篇は「旅行あれこれで後篇は「大学あれこれ」である。

 

マレーシア国旗 マレーシア国旗

マレーシア地図 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/index.html


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【前篇:旅行あれこれ】

旅の計画

成田からペナン

マレーシアの概要

【マレーシアの人口・国土】

【マレーシアのお金】

【マレーシアの気候】

【マレーシア人の言語】

【マレーシアのブランデーMartin

ペナンの宿:ノーザム・オールスイート

ペナンの食事

ペナンの街:世界遺産

【州立博物館に行った。入場料1リンギッ28円)】

【ピナン・プラナカン・マンション】

【ショッピングモール:プラザがーニー】

ペナンの人々

【@漁師】

【Aモデルと写真家】

【B街のサトウキビジュース屋さん】

【Cフェリーのインド人子供】

【Dホテルのコック】

【E観光客(多分)】

ペナンと日本

写真の削除希望  Photo deletion

 

 

旅の計画

今回の海外旅行の5条件は、@時差が少ない、A初めて訪問する街、B旅行社・HIS利用(終了期限間近の2,000円のクーポンを使いたい)、C交換ポイントになるので日本航空で1700マイルためる、D夏休み3日間をとるのは9月末までなので、夏休みも消化する、といういい加減な5条件で、休暇を足して、マレーシア・ペナン9日間(8日+機中泊1日)の旅行になった。なお、日本とマレーシアの間には1時間の時差があって、日本が先行している。

 

ホテルは安い方が面白いけど、旅行申し込み時点では、本の原稿に追われエネルギー枯渇状態だったので、値段高めのノーザム・オールスイート(The Northam Allsuite)にしてしまった。

 

旅行を決めてから、8日間ブラブラするのもヒマだから、@「世界の大学・研究所」としてマレーシア科学大学の訪問、A購入した「ペンタックスカメラ645D+単焦点レンズ」の試写、B「幸福写真」(自分の人生の誇れる写真を撮って人々に無料で配布する)、の3つを試そうということになった。

 

成田からペナン

今回、初めて、日暮里から成田空港まで36分の新型スカイライナーに乗ってみた。新型スカイライナーは、2010717日操業だからまだ2か月少々である。運賃(1,200円)+ライナー料金(1,200円)で片道合計2,400円。ウェブで座席を予約し、当日切符を買える。便利である。乗り心地は普通だけど、日暮里からノンストップで成田空港第二ターミナルに36分と、とても早い。いいね。

 

新型スカイライナーの乗車直後。荷物をしまって、座席に着く。

 

成田11:30発のJAL 723便。当日は台風が関東地方を通過し、風が強く、雨も激しく降っていた。成田空港の2本の滑走路の1本しか使えないため、離陸が40分遅れると、機長のアナウンスがあった。実際の離陸は1時間遅れた。

 

駐機中のJAL 723便。エコノミーは2席−3席−2席の配列だ。

 

機内食はサケマリネの前菜、主食はハンバーグ、サラダ、デザートである。味はそこそこである。トマトジュース(美味しい)と赤ワインをいただいた。最近の機内食は量が少ない。かつての米国路線で、豪勢なステーキもいただいたもんだ。

 

クアラルンプール到着50分前ほどに、軽食がきた。パイだけど中味はよくわからない。空腹なのでいただくが、味はそこそこである。最近の機内食は量が少ない。もう1つほしいところだ。

 

クアラルンプール空港に17:55着のとこ40分遅れの1835の到着。ここで、ペナン行に乗り換えるが、本来でも乗継時間は1時間15分しかないのに、今回は35分しかない。搭乗中、フライトアテンダントの指示で、飛行機を降りる20分前にエコノミー席からファーストクラスの最前列に移動していた。ファーストクラスの最前列、つまり座席番号1列に座るのは生まれて初めてである。と言っても、座りごことはエコノミーと大差ない(少差はある)。

 

ペナン行は11人いるとのこと。駐機後、1番先に降りると、降り口にマレーシア航空の女性係員が待機していた。彼女に誘導されてクアラルンプール空港内をサササと歩いて移動した。入国審査を受け、おかげで、19:10発の20分前に搭乗口につき、楽勝で、乗り継ぎができた。マレーシア航空様、ありがとう。

 

クアラルンプールからペナンまでのマレーシア航空MH 1162便。ボーイング737でエコノミーは3席−3席だった。フライトアテンダントはインド系のたくましい女性で、機内でピーナッツとジュースが配られた。マレーシア航空MH 1162便で20:00にペナン空港着のところ15分早い19:45に到着した。

 

ペナン空港には中国系の中年男性現地係員のリーさんがお迎えしてくれた。36人が一緒にミニバスに乗り、筆者のホテルまで約30分。宿に着いたのが20:50だった。

 

マレーシア概要

【マレーシアの人口・国土】

マレーシアの人口は2,831万人で、首都はクアラルンプールである。マレーシア政府観光局より引用すると以下のようだ。

 

「日本の面積の9割弱の広さの土地に、日本の16%の人口が住んでいることになります。そして国土の約60%が熱帯雨林で覆われています。人口約2500万人のマレーシアは、マレー系・中国系・インド系、そして多数の部族に分けられる先住民族で構成される多民族国家です。」http://www.tourismmalaysia.or.jp/kihon/kihon_e.htm

 

ペナンは南北24キロメートル、東西15キロメートルのペナン島で、60万人が住んでいる。そのうち、約70%を華人(中国人)である。

 

【マレーシアのお金】

マレーシアの通貨はリンギッ(RM)で、為替レートは1リンギッ=27.7円だが、1リンギッ=100円の感覚で使うようにとのことだ。つまり、通常の街の物価は日本の1/31/2である。私は、USドルを持っていったので、為替レートの中値が1 USドル=3.10 リンギッのところ、1回目は空港の銀行で100USドル当たり303リンギッ、2回目は街の両替屋で302リンギッに交換していただけた。多くの国(タイ、台湾など)で空港の両替は悪くない、という印象だ。

 

【マレーシアの気候】

マレーシア政府観光局によると年間の気温と降雨量は下の通りで、9月はまだ雨期である。旅行中、確かに毎日のように雨が降った。降れば雨宿りをしたので、観光はさほど支障がなかった。http://www.tourismmalaysia.or.jp/kihon/kihon_e.htm

 

ペナン島の年間平均気温&降水量

 

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

ペナン島

最高気温

32

32

32

32

31

31

31

31

31

31

31

31

最低気温

23

23

24

24

24

24

23

23

23

23

23

23

降雨量(mm)

70

93

141

214

240

170

208

235

341

380

246

107

 

水道水は飲めないが、沸騰させれば、飲み水として飲むことが可能である。旅行中、最後の方でお腹をこわしたが、多分、食べ過ぎのためで、飲料水のためではない(生水は飲んでいない)。

 

【マレーシア人の言語】

公用語はマレーシア語(マレー語)だけど、英語も通じる。中国語も通じる人が多いそうだ。日本語は基本的に通じないが、時々、通じた。

 

マレー語と日本語間の無料翻訳ウェブサイトはないが、マレー語と英語の無料翻訳サイトがある。単語だけでなく、urlを入れるとウェブサイトごと翻訳してくれる。とても便利だ。http://www.citcat.com/frames.jsp

 

【マレーシアのブランデーMartin

イスラム社会だからアルコールはご法度かと思ったら、プラザガーニーのスーパーマーケットは、まるでアメリカのスーパーと同じ。ワインの種類は豊富で、ウイスキーもブランデーの日本酒もあった。ただ、大半のお酒は輸入品だ。マレーシア産のアルコールを探したら、ランデーMartin が見つかった。350ml14リンギッ(390円)、アルコール度40%。美味しい。マレーシア産はこの銘柄しかなかった。

 

ペナン宿ノーザム・オールスイート

値段が高めのノーザム・オールスイート(The Northam Allsuite)はウェブでみると1室の値段で1泊457リンギッ(食事込み)(12,700円)で4つ星である。ジュニアスイートは約57uでジャグジーもある。立派なワーキングデスクがあり、デスクワークをするにはとてもいい。

 

ジョージタウンの街の少し外れにあり、国際空港から車で約35分(公称)。スルタンアーマッドシャー通りにある38階建ての26階の2610号室に滞在した。この部屋は、南向き(シティービューつまり海側ではない)で、街の景色、ペナンヒル、ベランダがないので窓直下の民家がみえ、景色はすこぶる良い。部屋数 142室の建つホテルで、「豪華なチーク材や籐の家具を置いたロビーはシックで落ち着いた雰囲気」と書いてあった。

 

部屋は、全室ジャグジー付だが、湯船の底の栓が閉まらない。翌日修理を依頼すると5分でやってきて、すぐに修理してくれた。といっても、栓を換えただけ。ついでにリビングルールの電線が切れていてスタンドの電気がつかないと指摘すると、すぐ直してくれた。到着日の夜中、ナント、バスルームの天井からポタンポタンと水滴が垂れた。上階の部屋が洪水を起こしたのだろう。最初は、ポタンポタンと音がうるさくて寝れなかったが、下にタオルをおいて音が気にならなくなった。この水漏れ、その後、昼間に2回あったので、上階の部屋の洪水ではなく、配水管に穴があいているのかもしれない。実害はほとんどないので、無視した。

 

「客室内に無料高速インターネットがあって、毎日2本のミネラルウォーターが無料サービスされる」とあった。無料インターネットはIDとパスワードは教えてくれたが、接続できず、インターネットの係を呼んだ。なかなか来ない。来ないならもう少しゴチャゴチャいじっていようと、いじっているうちに接続できた。ミネラルウォーターは室内のミニバーに1本4リンギッと書いてあったので、フロントで確かめると、無料と言った。テレビが2つありNHK衛星放送可、安全金庫(これが最終日の出発間際に開かない。何も入れないダミーとして施錠しただけなのでよかったが、貴重品を入れていたら大変だ)、湯沸器、シャワーブース独立、洗面台ダブルシンク、トイレが2つ、があり使用した。他に、ミニバー、ドライヤー、スリッパ、体重計、アイロン、ファクス機(キヤノン製)もあったが使用していない。

 

鍵は名刺大のカードキーだ。カードキーを室内入口付近の差し込み口に入れて、室内の電源をオンにする。

 

人によっては欠点と思えるのは、ホテルからタクシーを使わずに観光地や街の中心地に行くのが不便なことだ。初日は、街の中心地・コムタタワーまで歩いたが、約35分かかり非現実的だ。私は歩くのが趣味なのでOKだが、多くの人は好まないだろう。ホテル前の道路から103番のバスにのると約10分だが、何時にくるかわからず、1回目は30分まち、2回目は40分まってしまった。私は街をボーと眺めるのも趣味なのでOKだが、多くの人は好まないだろう。バス代は1.40リンギッ(40円)だがおつりはくれない。一般にバス時刻表がなく、到着の正確さは欠けると書いてあった。

 

帰りのバスも問題で、ホテル前の道路は、一方通行だから帰りのバスはホテルの前を通らない。そもそも103番のバスはあまり来ないので、コムタタワーで101番(56分ごとに発車する)のバスに乗り、ビルマ通りでホテルが見えたところでおり、徒歩5分ほどでホテルの裏から入るほうが早い。但し、夜はホテル裏は危険とのことなのでタクシーがベターだろう。

 

近代的なショッピングモールのあるプラザガーニーまでタクシーで12リンギッである。コムタタワーまで12 リンギッ。州立博物館まで10リンギッ。タクシーは乗る前に値段を交渉しろとのことだ。

 

ホテル26階の部屋からペナンの街の眺め。曇り。

 

ホテル9階のプール。晴れ。午前11時、誰もいない。8時〜20時使用可能。

 

 

ホテル9階のプールからペナンの街の眺め。晴れ。

 

ホテル前に道路を横断し海側に屋台(レストラン)がある。行っていない。昼間は屋台前の駐車場にたくさんの車が駐車していた。オフィスに勤めるサラリーマンの駐車場として使われている?

 

ペナン食事

ペナンはマレーシア随一食べ物がおいしいといわれている。特に屋台天国で、衛生面も問題ないそうだ。問題は、こちら側にある。食べることにさほど興味がない。また、連れ合いが糖尿病で、アルコールと甘いものは一切口にしないし、炭水化物も好まない。肉も好まない。それで、グルメとは無縁である。

 

私の方は、甘党なので、ペナン名物の食べ物、例えばアイスカチャン(デザート)、サテー(鶏肉の串焼き)も甘いタレをつけて食べてもいいが、実際は、食べる機会がなかった。

 

毎朝食べたホテルの朝食バイキングを書いておこう。ホテルの朝食バイキングは、現地係員のリーさんに、朝6時半開始と言われ、到着翌日は朝640分に行ったが、最初の客だった。7時半ころ23組が来たが、100席はある広い会場にまばらである。8時ころには、ビジネスミーティング風の男性で20人ほどになった。日本人観光客は、初日のみ母+2人娘を見かけたが、他日は時々、12組いた程度で、ほとんど見かけなかった。

 

6時半はとにかく早すぎた。翌日から7時半〜8時にした。

 

日本的な味噌汁(具はないが味はいい)、ソバ(そばつゆは少し難あり)もあった。

 

ハーブスープ(チキン):とても美味しい。2日間あったが、その後別のものになった。

 

おかゆ(具が豊富8種類):とても美味しい。毎日ある。

 

マレーシア料理の添え物:ゆで卵、小魚干し、ピーナツ、きゅうり。毎日ある。

 

セットとして、チキンスープ(左、この日はハーブスープがない! チキンスープは少し味が足りない)、おかゆ(右、美味しい)、大きな皿に、焼き飯、ピーナツ(大好き、美味しい)、干し小魚(美味しい)、きゅうりのスライス、エビのカレー(甘い、辛い、うまい)など。

 

 

卵料理を作ってくれる屋台があっておススメである。特段美味しいわけではないが、作り立てなので合格。毎日オムレツをいただいた。

 

ハム、ソーセージ、ポークビーンズなどがあるが美味しくはない。数種類の野菜サラダ、カットフルーツ(パイン、スイカ、パパヤ)、ヨーグルトがあり、質は合格。パン、デニッシュ、マフィン(数種類)、バター、ジャムは合格。ミルク、ジュース(グアバ、オレンジ)ある。コーヒー、紅茶ある。

 

ウェイトレス(インド系の小柄なお譲さん)の皿の片づけは早い。

 

ペナン世界遺産

20087月ジョージタウンの街が世界遺産に登録された。とはいえ、どこがウリで世界遺産なのか、街を歩いていると、余りよくわからない。

 

【州立博物館:入場料1リンギッ(28円)】

 

1941年〜1945年、38か月、ペナンは日本の領土だった。一角に日本軍統治下の遺品も飾ってあった。館内は一部改修工事中で、男子トイレが使えない。「どうすんだ?」と博物館係員(男性)に聞くと「女性用トイレを使え」とニヤニヤしての指示。「ニヤニヤ」顔が、冗談かもしれないと気になったが、「ねいちゃー こーる みー」の欲求が強く、ウン十年ぶりに女性用トイレを使用した。なんか落ち着かない。若い女性に出くわして、「キャー」と騒がれたら、と思うと、チビッてしまった。

 

館内は写真撮影禁止だが、来る人来る人みんな撮っている。撮って減るもんでもないし、規制緩和の一環として、私も1枚撮らせていただいた。というのは、海外で戦時の日本の遺品をしばしば見る。こういう品々が世界中にあるのに日本では見ない。それをここに示しておきたい。かつて日本の一部だった地で、日本人が生き、喜び。悲しみ、苦しんだに違いない。日本は、戦争時代の歴史にフタをしている。どうしてなんだろう?

 

【ピナン・プラナカン・マンション:入場料10リンギッ(280円)】

ピナン・プラナカン・マンションは素晴らしい。1800年代後半にアヘンと鉱物で儲けて巨万の富を築いた中国人チュン・ケンキーの邸宅である。マレー人の女性と結婚し、中国文化とマレー文化を混在させた。入場料10リンギッ(280円)。観光案内パンフレットには5時までとあるが、6時まで入場できる。写真撮影可。帰りにパックの飲料水を一杯もらえた。庭で育ったバナナも配布していたそうだが、食べ損ねた。館内は改修工事をしておらず、「女性用トイレを使う」機会はなかった。特に興味が強いわけでもないが……。

 

素晴らしい食卓、椅子、調度品、ガラス陶芸、絵画などを見ていて、どえらい金持ちだと感じた。米国のビル・ゲイツ(情報産業)は、ロサンゼルスにゲティセンターという大きな美術館を無料で公開している。日本人の大金持ちは現在、何にお金を使うのだろう? 金持ちでもない筆者も時々、何に使うか悩む。日本人は、儲けること、貯めること、得することの優れた価値観はあるが、使うことの価値観は低俗である。「地獄の沙汰も金次第」「宵越しの金は持たない」では、なさけない。

 

入口。薄緑色の館である。門をはいると、呼び込みのお兄さんが寄ってきて強引に連れこまれた。おかげで、すこし警戒したが、お兄さんは悪い人じゃなかった。でも、腕をつかんで引っ張らなくてもいいと思うな。

 

一通り見終わってからもブラブラしていると、親切で温和な中年女性の羅 燕雪(ローさんと呼ぶ)が日本語で説明してくれた。さらに、別棟の調理場や寺院の見せてくれた。愛知県に1か月住んでいたこともあるそうだ。この人の対応は素晴らしい。気持ちが温かいので、もし、ここを訪れるなら指名して案内を頼むといい(指名料なし)。但し、ボランティアなので、毎日おられるわけではない。

 

中に入ると、見事な造りの階段が目に入る。左の階段下の女性はお人形ではなくリアル観光客である。2階は履物を脱いで上がる。この女性は履物を脱いでいない。逮捕!

 

 

廊下の欄干。美しい、顔をスリスリしたくなる。

 

【ショッピングモール:プラザガーニー】

3つのショッピングモールに行った。どれも典型的である。

 

1.シャッター通り的。街の中心地のコムタタワーのショッピングは、場所によると、ビル内シャッター通りになっていて、昼間でも通るのに怖いほどだ。

 

2.アメ横的。コムタの隣のショッピングモールは活気があるが、まるでアメ横でゴミゴミしている。

 

3.現代的。ガーニー地区に、プラザガーニーという地上7階、地下2階(?)の超大型無国籍ショッピングモールがある。結構お気に入りで、2回も行ってしまった。広くきれいで少しゴージャスである。しかし、客は多くなく、大丈夫なのかと心配になる。地下1階にフードコートは土曜日の午後でも6〜7割が閉店していた。スープ入りのヌードルを食べたらおいしかったけど、他に、たくさんのレストランがあるので、そちらに負けてしまうのだろう。

 

 

ペナン人々

【@漁師】

ガーニードライブの漁師。右の息子が浜辺から10メートルほど海に入り、赤い網を投げると、2匹ほどアジのような小魚(体長10cm)と少し大きい魚が1匹とれた。白い投網を投げると、一度に15匹ほどのアジのような小魚(体長10cm)がとれた。それを、網から外す父親(左)。この漁場の海は道路を横切ると高層高級マンションの高級リゾートである。漁師はとても違和感がある。海水は濁っていて、魚はたくさんいる。

 

 

ガーニードライブ。左から、高層高級マンション、歩道、車道、遊歩道、岸の芝生、海。この少し先に漁師がいた。

 

【Aモデルと写真家】

ペナンではプロの写真家を3組見かけた。どの写真家も、いい腕をしている。

 

1組目は、レストランの料理の写真を撮っていた。興味深そうに見ていたら、女性オーナーが話しかけてきて、「11月から新しいメニューを作るの。その写真よ」とおっしゃった。若い男性1人(写真では見えない、オレンジ襟の男性はレストランの人)と若い男性アシスタント1人(左の青Tシャツ)。カメラ(ニコン?)を3脚にセットし、パソコンと連結して画像をチェックしていた。光を調節するための光源とスクリーンを3方に設け、さらに料理のそばでは小さな鏡を3つ使って光線を調整していた。この光線の調節がスバラシイ。きっと、芸術的ないいメニューができるよ。

 

2組目は、観光地の建物のビデオ写真を撮っていた。若い男性1人と若い男性アシスタント2人。1mほどのレールの上にビデオカメラをゆっくり滑らせながら、撮影していた。ライトなし。

 

3組目は、男女モデル(各1人)を若い男性カメラマン1人が撮影していた。女性モデルに若い女性スタイリスト1人が時間をかけて丁寧にメイクしていた。撮影は、カメラ(ニコン)を手持ちで、室内外かまわずフラッシュを焚き、女性モデルにポーズの注文をしながら撮影していた。男性カメラマンの注文が多すぎて、モデルの女性は緊張気味でした。笑うともっとかわいいんですけど……。以下はその男女モデル(各1人)と若い男性カメラマン1人の写真である。女性モデルは美しい。ヒョッとして、この女性、ペナンの有名モデルかもしれません。人柄はとてもフレンドリーでした。

 

 

 

【B街のサトウキビジュース屋さん】

おばちゃん(白帽子左)と息子(白帽子右)でサトウキビを絞ってジュースにして売る屋台。1杯1.20リンギッ(33円)。繁盛していて3人の客が並んでいた。右の黄色いサトウキビをおばちゃんが掴んで機械に入れて絞ると、おばちゃん側にジュースが出てきて、反対側に絞りかすのサトウキビがくる。息子はそばにいるだけ。息子よ、働きが悪いぞ!

 

【Cフェリーのインド人子供】

ペナンからバターワースへのフェリーに乗った。行きは無料で帰りは1.20リンギッ(33円)とめちゃ安。インド人の子供がカメラを見て興味深そうな視線を送ってきた。

 

 

フェリー1階で自動車を運び、2階の長椅子(もちろん自由席)で客を運ぶ。船体の2階部分は左右前後吹き抜けである。前方右手にトイレがある。乗客は次から次とトイレを使うので私も利用した。トイレの床はびしょびしょ。床におしっこしてもわからないほどだけど、規定の位置にちゃんとしました。

 

【Dホテルのコック】

ホテルの朝食時に卵料理を作ってくれるコックがいる。この女性、若い男性、まれにコック長(中年インド人男性)が担当になる。う〜ん、いい笑顔。幸福写真第9号。

 

【E観光客(多分)】

プラザガーニー近くでおばちゃん4人組が集合写真を撮っていたので、こちらも撮ったら、手を振っていた。写真は難しい。その手を振った時がとてもいい顔で、ベストショットだった。しかし、こちらは撮影体制をといていて、カメラのシャッターを押せない。ザムネン。

 

ペナンと日本

ペナンは1941年〜1945年、38か月、日本の領土だった。日本では日本の現代史があまり語られない。私も含め多くの日本人は日本のことを知らない。自分の専門はバイオ科学とバイオ政治学だとしても、教養人としてそれなりの知識を持っていない自分を困ったもんだと思う。勉強しなくちゃ。

 

ペナン日本人会は197712月で現在、2009年の会員は800余名。http://www.pja.org.my/

ペナン日本人学校もある。

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前篇は「旅行あれこれで後篇は「大学あれこれ」である。

白楽ロックビル

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